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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和54年(ヨ)29号 決定 1979年5月30日

申請人

別紙申請人目録(略)記載のとおり 那須光男

他三三一名

右代理人弁護士

阪口徳雄

(ほか八名)

被申請人

パン・アメリカン・ウォード・エァウエイズ・インコーポレーテッド

日本における代表

アントニー・パナキア

右代理人弁護士

福井富男

(ほか二名)

右当事者間の地位保全各仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

一、申請人らが被申請人に対し、本人の合意に基づかない限り転任されることのない地位にあることを仮に定める。

一、申請費用は被申請人の負担とする。

第二、当裁判所の判断

疎明と審尋によって一応認められる事実とこれに基づく判断は次のとおりである。

一、当事者

1  被申請人会社は、民間定期航空運輸事業を目的とするアメリカ法人であり、日本においては東京都千代田区丸の内三―一―一に主たる事務所を置き、千葉県成田市三里塚成田空港他六カ所に営業所を有し、約五三〇人の従業員を雇傭してその事業を行っている。

2  申請人らはいずれも被申請人会社と労働契約を有するその従業員であり、右会社従業員をもって組織するパンアメリカン航空労働組合(組合員数三六三名)の組合員である。

二、管轄

1  管轄については、従来から、労働者の資力を考え、民訴法の管轄に対する規定は広く解せられている。

2  申請人らは、いずれも被申請人会社と雇傭契約関係にある従業員であり、本件はその地位保全の仮処分申請であるので、民訴法五条の財産権上の訴と解せられ、その契約上の労務の提供及びそれに対する給与の支払は、後記のように一部の者を除き、いずれも成田営業所において行なわれているのであるから、当裁判所は義務履行地の裁判所として本件について管轄を有するものと解される。

3  被申請人会社の成田営業所は登記簿上必ずしも明確ではないが、旅客運送、貨物運送部門の他、整備、勤労の各本部があり、申請人ら多数が現にそこで働いている事実に照らせば、成田営業所はある程度独立して取引をなすことをうる営業所であると解せられ、又就業規則の改正の有無効力をめぐる従業員の地位保全訴訟でもあるので、就業規則の適用される成田営業所所在地の当裁判所には民訴法九条の管轄があるものと解される。

4  申請人らのうち、第二九号事件の申請人目録8、9の二名は成田営業所に勤務していないことが明らかであり、同第三八号事件の申請人目録55から63まで及び66から83までの計二七名はいずれもその住所が大阪など関西地区にあるところ、同人らが成田営業所に勤務していることの疎明はないうえ、成田以外にも数個の営業所が存在し、成田は主たる営業所とは言えないから、右の者らについて当裁判所に管轄があるものとすることはできない。

三、被保全権利

1  申請人らは原則として労働契約において、就労場所及び職種を特定して採用されていること及び転任は従来原則として公募によって行なわれてきたことが認められるので、申請人らはその同意なくして、被申請人会社から転任を命ぜられない法的地位にあると解される。

ここで転任とは、

(1) 二人の異なったデパートメントヘッド(職長)に属する職場間の移動(但し同一デパートメントヘッド内の移動であっても職務の著しい変更を伴う場合は、本人の意思を考慮する。)

及び(2) 勤務地の著しい変更を意味するものである。

2  申請人らと被申請人会社との間には昭和五三年五月一〇日締結の労働協約が存在していたが、右協約は同五四年三月三一日期間満了によって終了した。

ところで、右協約四六条は、配転及び転任について就業規則第二一条通りとするが、同条C項の「配置転換」という部分を「転任」と変更するとあり、就業規則第二一条C項には、「配置転換は会社とその当該社員との合意に基づき実施される。」と定められている。

しかして、労働協約の期間満了後の個々の労働者と使用者との関係は、労組法一六条によって、個別的労働契約の内容が労働協約によって修正変更されているから、たとえ協約がなくなっても、右合意条項についての労働契約の内容には消長はないものと解すべきである。また被申請人も、今後就業規則が変更される迄は協約が終了しても転任について、申請人らの同意を必要と考えており、その限りでは協約の余後効を認めている。

3  前記2の労働協約に引用された就業規則は現在も依然存在し有効である。

もっとも被申請人会社は、右就業規則第二一条C項の削除をしたい意向を表明し、目下組合に対し、対案を呈示するなどして交渉中である。

なお、使用者は、組合ないし従業員の同意を得ないで一方的に就業規則の変更をなしうるが、しかしその場合既存の労働条件を変更しないと考える学説が圧倒的であり、最高裁の判例も新たな規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないとしている。もっとも当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されないとしたけれども、右最判後の下級審の実例は、合理性の存在を容易には認めていない実情にある。

4  以上によれば、申請人らは、各本人の合意に基づかない限り転任されることのない地位にあることは明らかである。

四、保全の必要性

1  本件仮処分の申請の趣旨からすると、本件はいわゆる満足的仮処分であるから、本案訴訟と仮処分命令の機能の差異に着目し、かつ従来やゝもすると労働仮処分の必要性の判断が他の事件に比しゆるやかにすぎた実情を反省し、又本件においては未だ申請人らの同意を得ない一方的配転命令ないし内示がなされた訳ではなく、いわゆる肩たゝきといわれる打診がなされて、少くとも外形的には本人の承諾を得て転任がなされた例があるにすぎない状況であるので、保全の必要性の判断は慎重厳格に吟味されなければならないと解される。

2  申請人らの主張

(1) 昭和五四年三月三〇日現在の主張

前記労働協約は同年三月末日に終了し、かつ就業規則第二一条C項は同年四月一日から削除される旨被申請人会社から通告がなされたうえ、大阪、名古屋等の数カ所に欠員が生じているので、同日以降、会社が申請人らに対し転任を命ずる虞は極めて強い。

そして転任命令が発せられると、これを拒否した場合解雇されたり懲戒をされる虞があり、結果的に救済されるとしても、容易に回復しがたい損害を蒙ることになる。

(2) 同年四月一八日現在の主張

1 被申請人会社は、申請人らが労働契約上本人の合意に基づかない限り転任されない権利を有していることを争っているので、申請人らに法律上の地位の不安定が存在する。右法律上の地位の不安定を除去し、法的紛争の拡大を防止するため、本件仮処分命令の必要性がある。

2 被申請人会社が転任権という形成権を行使する以前であっても、形成権の相手方である申請人らは違法な形成権の行使が何時なされるかと戦々恐々その行使があるまで待つしか方法がないとすることは極めて不都合であるから、形成権の存否についての争いが裁判所の判断に適する程度に成熟し、裁判所による即時確定の利益及び必要が認められるときは、形成権行使前に形成権の存しないことの確認を求めることも許される。

3  被申請人会社は本年三月二〇日、同年四月一日からの就業規則第二一条C項の削除を発表し、同年三月二八日の団交においても「どんどん配転したい」と述べていたところ、同月三〇日本件仮処分申請がなされるや、態度を変えて同年四月三日に右削除について組合の意見を求め、同月六日には修正案を出すに至り、答弁書において変更手続が完了していないので、右就業規則変更の効力は発生していない旨主張するに至ったが、これは裁判対策にすぎず、紛争がなくなった訳ではない。

(3) 同年四月二〇日現在の主張

被申請人会社は当初就業規則第二一条C項を削除するのみで修正案を考えていなかったが、裁判対策上、四月六日の団交で、従来のC項削除を撤回して修正案を提案し、組合に対し同月一〇日付文書で同月二〇日までに右についての意見を提出するよう求めてきた。これに対し組合は「重大問題なので慎重に検討した結果意見をのべる」旨回答したが、四月二〇日が経過すると、就業規則改正の手続が完結することになる。従って四月二一日以降配転命令が申請人らに出される可能性は強い。会社は現実に転任命令を出さないとは誓約していない。

3  ところで、被申請人会社が申請人らに対し転任の意思表示をなす以前であっても違法な転任権の行使が確実に予想できる段階においては、疑問はあるものの、転任の禁止を求める仮処分を求めることはできるものと解される。

しかしながら、労働契約及び協約の余後効の点をひとまず除いても、少なくとも就業規則は現時点において変更されておらず、依然第二一条C項は有効に存在しており、会社もその旨明言しているのである。

もとより被申請人会社は、生産性向上を目指しており、経営合理化のために人員を適正に配置する際、障害となるとみなしている右C項を削除したい意向を有しており、本年三月二一日には全従業員に対し、右C項は、本年四月一日をもって除かれる旨伝達し、かつ組合との団交の席上でもその旨を表明した。しかし現時点において会社は、現在直ちに一方的に就業規則を改正する意思はなく、あくまで団交によって新労働協約締結の一環としてC項削除の点の解決をはかりたいと考えており、組合ないし申請人らの意向を無視して一方的にC項を削除し、かつ秘密裡にその旨の届出をすることはしないし、一方的な転任命令を出すこともしない旨言明しているものである。

従って、申請人らは、現時点において、合意に基づかないで転任命令を受けることのない法的地位にあることは明白で、被申請人会社もその事実を承認しており、かつ本件仮処分申請後今日に至るまでの二カ月間を通じて右地位を侵害するような、いわゆる一方的転任命令ないし強行配転は全くなされていないのである。

もっとも、申請人ら提出の書証中には、合意の形をとりながら実質上は強行配転が行なわれている旨の記載が見受けられるのであるが、未だ、その事実があるものと認めることはできない。ちなみに右書証の内容を検討すると「上司から転任を執拗に迫まられて断り切れずに配転に応じざるを得なかった。というのは、仮りに拒否すると大阪・名古屋の遠隔地へ強制配転されることになり、そうすると会社をやめざるを得なくなるからであった。もし強制配転されないというはっきりしたものがあれば、配転を拒否したと思う。会社は労働協約が四月一日で切れ、どんどん配転するといっていたので会社は何をするか分らなかったのでしぶしぶ合意した」というものである。

しかしながら、前記のように就業規則二一条C項は厳として存在しており、従業員が強制配転されない法的地位は保障されているのである。その間にあって会社が転任の打診ないし説得活動をすることはもとより自由であって、右説得を受けた労働者が自己の法的地位に対する理解と自覚が不十分であった為、右保障を生かし切れず、事実上上司の圧力に屈したとしても、そのことの故に、ただちに強行配転になるものではない。又、このように法的地位が十分保障されていても肩たたきが行なわれると、労働者は断りにくいので、労働者の抵抗を強めるため仮処分で、右法的地位の存在を宣明してほしいといわれても、そのような事情は法律上の紛争とは認められない。

もしあくまで会社の転任の意向打診及び説得活動が強引すぎて違法であるというのなら端的に、その点の差止めないし右によってなされた転任の効力を争う仮処分申請を行うべきであろう。

4  以上の経緯によれば、未だ本件仮処分命令を発するに足りるだけの保全の必要性がありとすることはできない。

第三、結論

結局本件各仮処分申請は一部の申請人らについては管轄権の疎明がなく、その余の申請人らについては必要性の疎明がないことに帰着し保証をもってこれにかえることも相当でない。

よって本件各申請を却下し、民訴法八九条により申請人費用は申請人らの負担として主文のとおり決定する。

(裁判官 加島義正)

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